2.生にしがみ付く無意識な本能
幾度となく身を縮ませ両腕で身体を掻き抱き、死にそうな感覚を覚えながら歩く事……もうどれくらいだか解らない。先ほどから周りの風景が克明に変わった様子もない。
いったい自分達はどれほど歩き続けているのだろう。「あとどれくらいですか」なんて訊きたくても訊ける筈などないのは先刻ご承知だ。
ああ、指先の感覚なんてもう皆無。寒いと感覚なくなるって本当だったんだなぁ。南国じゃそんな経験なかったし。それに何だか耳、も……い、たい。凄く痛いぞこれは。おかしいだろ、いきなりこんな痛み。感覚がなくなる一歩手前って事?
「ぅく……っ!」
思わず漏れてしまった声が恨めしい。しかし耳だけ異常な感覚を憶えている。咄嗟に膝をついてしまう。
目の前を歩くロシアさんが振り向くのは当然の事だった。
少し前方にいた彼は私の様子をいぶかしんでこちらに歩み寄り同様に膝を折った。
「……どうかしたの?」
「っ、耳が、痛くて…っ!」
「耳?」
ちょっと見せて、と抑え込んでいた手をやんわりと解かれ、彼はヒュッと息を飲んだ。
「ピアス、嵌めてたんだ」
「え、……?」
「こんな吹雪の中で金属着けてたらね…」
「ぁ、ご、ごめんなさ…!」
「……まぁ、仕方ないね。僕の不注意だ。」
何だか申し訳なさでいっぱいになる。貴金属って駄目なんだ…ああ、よく考えればあれかなり熱にも冷気にも左右されるんもんな。
ロシアさんははぁ、と一息私の耳に息を吐きかけた(思わずビクリと反応してしまったのは不可抗力ですよね!)。
「まだ軽傷で済みそうだし、急ごうか」
「は、はい、」
「ちょっとゴメンね」
「え、」
次の瞬間には視界いっぱいにロシアさん。…てか私、何か、
「ちょっ、ろ、ロシアさ…っ!!?」
「大人しくしてて、こっちの方が速いよ。もう少しで家だからちゃんと掴っててね」
「うぁ、は、はい」
まさか初対面で横抱きにまでされるとは思いませんでしたよ……!
まぁ、もう少しで家だと言われ、内心どこか安心していた。
そんな悪い人でもなさそうだし(侵略されたのは恐かったけど)、取り敢えずは好意に甘んじようと思います…。
***
「いっだぁぁあああああああああああああああああ!!!!!!!!」
家に着くと早々にお湯を張った風呂にぶち込まれた(厚手のものだけ脱がされたけど着衣だから!)。これが治療法らしいけどめっちゃくちゃ痛かった。そりゃもう暴れ狂うぐらい。身体も全体的にほぼ限界値まで冷え切っていたので全身に痛みが駆け巡ったし。あの時は押さえ付けて来るロシアさんに凄い抵抗してしまった。すみませんでもかなり痛かったんです…。
「温まったらお風呂の中でゆっくりで良いから服脱いでね。あと外にタオルと服あるから。」
「はい……お、お手数おかけしてすいません…」
「……ごゆっくり」
パタンと浴室の扉を閉める音が無情な感じで響く。
ああああれは明らかに怒ってる!! 良くて呆れてるだよ!!!
そりゃあなぁ……来て早々にこんな面倒事……侵略された側なのに申し訳なく思ってしまう。
段々と慣れて来て、身体もじんわりと温まりつつある中、恐る恐るピアスを外そうかと試みる。
「……あれ、もしかしてこれ今取ったらまずい事になったりするのかな…」
先程の事で大きな失態をしてしまった分、下手に動けない。極寒地のルールなんて私無縁だったし!!
……馬鹿な真似はせずに十分、いやそれ以上に温めてからロシアさんに許可を頂こう。
果たしてこの状態でピアスは外しても良いものなのですか。
・
・
・
「あ、あの、すいません…ただ今上がりました…」
「ああ、温まった?」
「あ、はい。それは…」
「そう、良かった」
ソファに座りつつ振り返りふわりと微笑む彼は本当に私を侵略したのだろうかというような笑みを称えていた。噂では結構恐いイメージばかりだったけど、どうやら一人歩きしていただけのようだ。
家の中も寒いのだろうとお風呂から出た後は覚悟をしてここまで来たのだけれど、案外暖かい。でも周りを見渡しても暖房器具なんてなかった(あくまでギルベルトさん家に行った時の記憶だから曖昧だ。私の家に暖房器具なんて必要性皆無だし)。じゃあ何でこんなに暖かいんだろうか。
「え、えっと…」
「? ……あ、服? 君の荷物明日に届く予定でしょ? 丁度良いサイズがなくって。大きいだろうけどそれで我慢してね」
「あ、はい。すみません、わざわざ…(明らかに体格差あり過ぎだもん…)」
「ううん、気付かなかったのが悪いしね。ちょっとこっちおいで」
何だろうとソファに近付くと、隣に座るように促される。
疑いも躊躇いもなしに座った……って私、この短時間で一気にロシアさんに慣れてしまったな。
良い事かな、良い事だよね。だってこれから長い間お世話になるワケだし?
損はないよね、うん損はない。
隣を見ると、もっとこっちと手招きされる。……うわぁ、何だか私犬みたいだ。
ゆっくり見上げると結構身長差がある事に気付いた。ロシアさんデカいな…。
「ちょっと耳見るね」
「あっ、はい!」
耳にかかってる髪をどけられる時少し擽ったさを感じた。思わず身を捩る。
ロシアさんの手がピタリと動きを止めた。…ん? 何か変なとこでもあったかな…?
「……これ、プロイセン君からの?」
「え? あ、ピアスですか?」
「うん」
「はい。一応属国みたいなものでしたし。妹のように良くして頂きました」
「へぇ…このままにしとくのも衛生上悪いから、一旦取るね」
「はい」
やっぱり取って良かったのか…。
取られる時、少しだけ痛みが走ったけれども先程風呂場であの激痛を味わった私だ、これぐらいなら耐え切れる。
「大丈夫?」
「はい。我慢出来ます」
「そう? …じゃ、消毒ね」
「はいっひゃぅあ!!?」
頭を拘束する手の力が強くなったかと思えば耳朶のところに何かっ、な、生温かいのが…っ!!?
ま、まさか舐められた…っ!!!?
「ろっ、ロシアさ…!?」
「んー、消毒だから。大人しくしててね」
「え、あ、は……はい…」
何だこの羞恥プレイ!!!!
あとがき
凍傷に関してはデタラメですよ(コラァアア)。
何か恐らく鋼錬でピアスしてたら凍傷になっちゃうから外さなきゃだよっていうシーンを見て…。
ちなみにヒロインのピアスはプロイセンとドイツがしてるペンダント(?)みたいなあの十字架っぽのだと思って下さい。ピアスなんで小さいけど。
あと凍傷の治療法としてのお湯の中にぶち込むのはちゃんと調べました。「急速融解法」だそうで。40〜42℃の湯内に入れる。融解中は激しい疼痛を伴う。……すっごい痛いんだろうなぁ…。
2009.08.05
相楽縁