確かに名前はもう聞きたくない。しかしこの学校ではアイツは所謂「有名人」という奴だ。
今までサッカーで名の売れていた武蔵野も、野球部でも充分名の通る学校と称して良いだろう。
私とアイツの関係性は幼馴染。それ以上でもそれ以下でもないようなものだ。
どちらかと言えば“仲間的”な愛情があったと思う。
だけどこの武蔵野に一緒に入学して、アイツは野球部に入って、私は少し接点が出来た同じクラスの秋丸と良く喋るようになった。同じくそこから得た情報とは、どうやらアイツが野球部マネージャーに惚れたという話(惚れたって、最近の女子高生は言わないか!)。
別に“恋愛的”な愛情があったワケじゃない。
だけどアイツを見ていると何だか今まで私に向けられていた感情が全てあっちにいってしまったような感覚に襲われた(いや、別に私がアイツから好かれていたとかそーいう事じゃない)。何か、裏切られた気分だ。
「秋丸〜、私もう駄目、学校に来る存在意義を全て失ってしまったような気がする」
「えぇぇえ!!? ちょ、大丈夫!? な、何があったんだよ…!」
「あ、ゴメンありがとう。そんなに心配してくれるとは流石秋丸だね。」
「今ので流石とかつけられる部分あった?」
やっぱり秋丸は良い人! なんて考えながら机にうつ伏せてみる。
あ、なんかこのまま寝れそうです。次は古典か、先生見逃して!
「、今日はどこも行かないの?」
「え、どゆこと?」
「あと15分ぐらい休みあるじゃん? いつもだったらギリギリにしか教室に帰ってこないのに」
「…あー、まぁね。女の子達が独特の話で盛り上がり始めちゃってさ。私が嫌いとする話題だったから逃げて来ました」
「へー。何の話?」
「………秋丸は聞かない方が身の為だと思うよ…」
「そんな危険な話なの!?」
別に危険な話というワケではない。ただ単に私が嫌いな幼馴染の話で盛り上がっているというだけで、ソイツとまぁまぁ仲が良い秋丸にその話が知れたらちょっとなぁ、と思っただけであって、別に他意はないわけで。
「まぁ、俺としては好都合なんだけどね…」
「は?」
「いやいやいや。もう授業まで教室にいるんだろ?」
「まーね。秋丸はどこも行かないの?」
「うん、俺は今日は配球とか色々考えてたから」
「………っ!!!」
こ、この人は何であんなにアイツに尽くせるんだろうっ…!!!
アイツのどこにそんな価値があるのやら。まったくもって不思議である。大体勝手だよね。秋丸は休み時間削って真面目にアイツの為に配球とか考えたりしてやってんのにさ! アイツ絶対今頃その辺でブラブラしてるか遊んでるか先輩のとこ行ったりとかしてるよ。………あー、寝たい。思い出したら余計意識を手放したくなってきた。
「秋丸、絶対将来幸せになってね……!!!」
「え? 何があったの?」
苦笑した秋丸は、ポケットから携帯を取り出すと、何やらメールをし始めたようだ。
取り敢えず迷惑にはならないように黙っておく。
「よしっ」
パタンと携帯を閉じると同時に秋丸はそう言った。
用件はもう済んだ…かな?
「メール?」
「うん。ちょっとね」
それから数秒後、隣のクラスから聞こえて来た足音が私の破滅へのそれだったとか、信じたくない。