どんなに普段がおちゃらけていても、コイツの中の大半を占めるものはやっぱり「野球」だった。
今日は桐青野球部の練習試合。
つい一昨日ほど前に突然携帯が震え、着信を見ればそれは幼馴染だったという記憶はまだ私の脳内では新しい。
完結に内容だけを述べられ、そして要求を告げられた。私のに残された選択肢はそれに従うしかなかったのだ。どうやら私がこの間散々暇だと言っていたからのようだ。本当は今日は監督からマネージャー休みと言われてのんびりしようとしていたのに。
お陰で来た時は監督から「お前は馬鹿か」と至極真面目な顔で言われた。馬鹿じゃないです、脅されたんです。
前日雨が降った所為か、熱と湿気を孕んだ風が時折優しく吹き通っていく。それは予想以上に気持ちが悪かった。いっその事もう少し風が強ければ、と思う。しかし強過ぎたら色々とプレーの方にも影響がでるので、まぁ現状でも良いかと我慢出来た。
スコアを取っていた私の耳が、金属バットの甲高い音を捉えた。
同時に相手のチームからどよめきが起こる。今この瞬間ボールの行く末が全てを陵駕しているのだ。
「っ」
セカンド方向へと一直線。
言葉を発しようとしたが、結局何を言って良いのか解らずに、身体だけがその場で硬直した。
隣に座っている利央が「サン?」って心配した表情で覗き込んで来たが、大丈夫と言って軽く頭を撫でると子供扱いされた事に対して少し怒っていた。
「…えっと、今日のメンバー表……」
「はい」
「あ、ありがと利央」
少し微笑めば、利央も同じように返してくれる。これがすっごい癒される。逆隣にいる監督からまた馬鹿にされた。監督、微妙に笑ってますね。というか今日私馬鹿にされてばっかり!!
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練習試合はとんとん拍子に勝って、今は皆で学校へと戻る途中だ。
既に夕方の5時半。ホント、今日私は休日を無駄に疲れて過ごしてしまった気に陥る(でもメンバーの皆はそれを嫌な意味の疲れだと思っていないのだから尊敬出来る)。
学校まで然して大した距離でもなかったので、今は皆でガヤガヤと騒ぎながら列を成して道を闊歩している。
身長が違えば当然足の長さも違うので、私は少々あの群れから外れている。少し外れて、走って入って、また少しずつ外れる。自分の身長の低さを呪っても仕方ないが、気持ちのやり場がそこしか見つからない。最早これはDNAだな。遺伝子の所為で私の身長は伸びんワケだな。
「…おっまえ、おっせぇなぁ」
最早皆に追い着かなくても良いかなぁ、とか思ってたら、目の前に慎吾がいた。あれ、皆もっと前で笑いながら歩いてるのに。あ、でも準太とか利央とかちょろちょろこっち伺ったりしてくれてるよ良い子達!!!
「うるさいな、大体アンタが私を休日に呼び出したりしなけりゃ良かったのよ」
「は? マネージャーは普通出て来るでしょ」
「だーかーらー!! 私は今週お休みを監督から直々に頂いたの!! 山本ちゃんとかいたじゃん!(もう1人のマネージャー)」
「あー、貰ってたの? 俺てっきり「嘘つけお前。私が監督と喋ってる時に傍でモロ聞いてたのは知ってるんだぞ。」
「んだよー、面白くねー」
「人を面白さで扱おうとしないで下さい。ダルーい…」
「おいおい、今日セカンドで大活躍した慎吾サンには何の労いの言葉もナシですか」
「えー、労いィィイイ?」
「ちょっ、何お前、いつからそんな子になっちゃったの」
『セカンドで活躍』。その言葉で私は今日の試合のとある一場面を脳裏に浮かべていた。
歓声とか、それじゃないものとか色々混ざり合ってもう何て言っているのか解らない場面。一本の打球音と共にマウンドを一直線に走り抜ける白球。セカンド方向へと飛んで行ったそれは、小気味の良い音を立てて慎吾のミットの中に綺麗に収まっていた。
あの瞬間、何かが違うように感じられた。
「?」
黙っていた私を心配したのか、慎吾は歩きながらも私の顔を覗きこんで来た。
自分の顔に血が集まって熱くなっているのを瞬時に感じ取った私は、「お疲れ様っ!」とぶっきら棒に小さく叫んで、少しの距離を走って前方の群れの後方部分にいた準太の背中にダイブした。
野球少年に恋をした