「ふふっ、愉快愉快〜」
こんな私、傍から見たら馬鹿でしかないだろう。庭をぴょこぴょこと跳んで進んでいるんだから。
伊達家の姫がそんな事しちゃ駄目って言われるけど、別に気にしない。強行突破こそが大事なのである。最早言っても聞かない私に対しての侍女達の反応は、苦笑いして「お気をつけて下さいな」というだけ。そうそう、こーいうのが良いのよ。
つい先程の事を思い出しては、破顔を止める事は出来なかった。
どんどんと人気のない所へ進んで行く。
道を辿りながら、自分の中でも色々なものがあべこべになっている気がするのだ。
あの人の、気が知れない―――…。実の母の筈、なのに。同じ血が通っているとはどうしても思い難かった。
あの目を見ると背筋が凍る。「これ」は人かと問いたくなる。ハッとすると、私は立ち止まってしまっていた。
あぁ嫌だ。母屋になど帰りたくない。アレに逢いたくないのだ。
ふぅ、とひと息吐いて、また歩みを進める。きっとアレは、美しいものしか見た事がないのだ。自分の中だけの美的感覚で全てを凌駕し、邪魔なものは排除する。あの清々しさには、恐ろしささえ感じるのだ。
他人がいくら「美しい」と称そうと、アレの中の美的感覚に引っ掛からなかったら、そこでアレの中での存在は消される。残酷なまでの、潔さ。
私は、綺麗だと思うのに。アレは、穢らわしいと言う。
アレは人間なのか―――。答えが出た。
人であるからこそ、いくらでも壊れられるし、人であるからこそ、自分以外の人間を認めない事だって出来る。
所詮は、私も「人」なのだ。
「…っ! 姉上っ!!」
堰を切ったようにバッと頭を上げた。少し離れた場所に見覚えのある人影がある。あれは……小十郎さんだ。
「え、」と自分でも聞き取れぬぐらいの声で呟くと、「姉上?」と下から声がした。今度はゆったりと視線を下げ、連動するように頭も下げる。
右目を前髪で隠した、私の弟がいた。
不安そうな顔は似合わないからしちゃ駄目。一国の主になるんだから、常に自信満々の顔でいなさい。
過去に私が梵天丸に言った言葉である。それを憶えているのか否か、不安げな顔はしてはいなかったが、心配の色はありありと浮かんでいた。大丈夫と伝える証のように小さく微笑めば、梵天丸も安心したように顔を綻ばせた。
「ごめん、呆けてた」
「考え事?」
「んー、まぁ、ね。そんな感じかな」
気付けば小十郎さんもこちらへ歩み寄って来ていた。傍には、離れがあり、殺風景な雰囲気が漂っているだけである。母屋から随分と隔離された場所―――そこに私の弟だけが閉じ込められている。
昼だろうが夜だろうが中の明るさにさして関係のない場所。病気を理由に母上にこんな所に閉じ込められている。いや、病気を理由になんかしていない。自分が「穢らわしい」と思ったからの行動だろう。
このままでは、最悪な終焉しか迎えられないのに。しかしアレにはもう周りなど見えていない筈だ。アレの周りには私以外にその思考を拒否する者がいないのだ。皆「義姫に忠実な」侍女ばかり。今日のその侍女達の青褪めた顔も見物だった。嫌いな人間が恐怖に慄く顔って良いと思う。誰にも屈したくない性格からこう思うのだろうか。
「小十郎さんは、やっぱりお早いですね」
「さんなどと! 何を仰います様!!」
「ふふ、だって年上にはつけてしまいますわぁ」
からかい口調でも、小十郎さんは本気でオロオロする。でも私のこの年上に敬語を使ってしまう姫らしくない性分は、もう直りそうにない。ずっと父上と敬語で話してたからかしら?
私の中ではどちらが先に梵の所に来るか、なんて小十郎さんにとってみたら傍迷惑で意味もない競争を繰り広げているワケだけれども。私が彼に勝てた事なんて片手で足りるほどの回数。ここには何度も来ているというのに。
小十郎さんが私に声をかけたその時、さっきから気になっていたような素振りを見せていた理由が解った。
「あの」
「あ、はい?」
「…その、右手にお持ちの薙刀は……」
「あ、それ俺も気になってた!!」
これを気にしていたワケね。確かに姫が城内で構えるものじゃあない。
「あぁ、これ? ふふ、ちょっとここに来る前にお戯れをね」
「おたわっ……!?」
「なかなか外に出してくれそうになかったから、薙刀掴んで一思いに暴れて来たの。爽快だわー」
「誰か切ったの?」
「……うぅん、切ってない」
恐れも何も感じないような表情で梵は私にそう言った。
ほんの微量だけ、刃の部分に付着している血。梵はそれをじぃっと見つめている。
『切っていない』と言い続けるのも難しい。この子は変なところに敏感だ。
「少し、掠っちゃっただけよ」
「誰? ……姉上の!?」
「そんなへまはしないわー。……母上の。」
小さいけれどもはっきりとそう言った。梵がピクリと反応を示す。小十郎さんも少し、驚いた表情だ。
ほんのちょっとだけなのに。いつも思うが、どうして梵はこんなにされてまであの人なんかを庇うのか。こんな所に隔離され、毒を盛られるのに。根が、優し過ぎるんだ、梵は。
「…さ、梵。何して遊びたい? ついでだから薙刀教えてあげようか」
「……いい」
「…何で?」
「……薙刀、嫌い」
どうして、と問いたい気持ちがなかったと言えば嘘になる。しかし何となく私は勝手に答えを自分の中で見つけてしまったのだ。態々問う事でもないと自己完結させた。 だから素っ気ない返事しか出来なかった。
「………そ。」
男児は薙刀なんて使わないから。そんな理由だとは思えなかった。寧ろそうであれば良かったと思えたのに。
私が薙刀を使って母上を傷付けたからなのだろうか。
私には絶対に無理だというぐらい、梵は自分を殺そうとしている相手を庇い続ける。母は母、なのだろうか。
「小十郎さん。私、一旦母屋に戻ります」
「っ!? 姉上!!?」
「は。何か御用事でも?」
「おっ、俺に怒ったの!? 俺の事嫌いになったの!!?」
私が怒ったものだと考え、必死になって梵は私の裾にしがみ付いた。理由、必要なのだろうか。
今の私の言動は全て衝動的なものなのに、それに深い理由を求めるのか。
「薙刀、戻して来るだけ。練習しようと思ったけど、ここじゃ駄目だから」
「あっ、姉上……」
「小十郎さん、それじゃあ、よろしくお願いしますね」
「はっ。」
何か、言ってやれば良かった。あの不安げな顔は、きっと嫌われたと情緒不安定になっているからだ。
でもそんな余裕なんてなかった。全て衝動的な感情で動いてたから周りに気なんて回らなかった。
薙刀が歩く事に連動して小さく揺れる。地面を向いている切っ先が日光を反射している。それを見つめながら、段々とまた衝動によって身体は動かされ、片手でグルグルと回していた。地面に切っ先が当たる度に小さな音を出し、空を切る時もどこか心地良いヒュンッという音が鳴った。
そんなに血の関係というものが大事?
それは私が梵に対する思いでもあり、私自身に対する自問でもあった。
あとがき
な、何だかシリアスに…!! こんなんでも当初の予定はギャグでした。それかほのぼの。お転婆な政宗姉が弟の為に…みたいな。こーいうのが大好きです←
初の梵夢(?)がこれかァァアorz 取り敢えず梵は母とあんなんだったんで、身内とかに嫌われるのは恐かったんじゃないかなぁって。今まで優しくて愛してくれていた姉からも嫌われたら最悪だよな、みたいなorz
ちなみに実姉設定。異母姉弟じゃありません。史実じゃ政宗には実弟と実妹しかいませんけどそこはご愛嬌!(無茶) 兄姉いませんけどねorz
2008/02/15
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