ある日、それはあっさりと告げられたのだった。
「、お前の嫁ぎ先が決まったぞ」
「…………え?」
「あ、あの、父上…?」
「ん? あァ、心配する事はない。確実に決まったというわけではないのだがな、氏がお前を正室に欲しいと言っている」
どこの大名だ、それは。
にしてみれば聞いた事もない大名で、安心感など一欠けらも生まれる筈がないのだ。
一国を持てる程度の大名であるならば、ある程度は名が通るというものだが、も知らないとすると一郡を治める程度の者なのか。
有名である程度の情報があれば、それが悪名高いか、はたまたその逆なのかどうかは解るが、聞いた事もない無名の大名。どこまで遠くの地へ追いやられるのかとの背筋に冷や汗が流れた。
「どうだ? が良ければ俺も承諾するが…」
取り敢えず輝宗はの意向に任せるとの事なので、嫌々嫁がなくても良いと思い直し、ひとまずこの場は留置しておく事にした。
「お時間を、頂戴致しとうございます」
「構わぬ。一生を決める事だしな。」
随分と重く言われた。自身そこまで深く考えてはいない。
とにかくとしては軍事力もない大名に嫁いだところで家にも自分自身にも何の得もないだろうと踏んでいる。
既に断る決心はついていた。
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はいつものように外に出たところで、丁度良いところに、と思いながらその両目に時宗丸の姿を捉えていた。彼も同時にを見つけたようで、遠目から見て唇が「あ」と形作っていた。
「時宗丸ー、縁談来たよ!」
「うそ。」
「真に決まってるでしょ。何か氏とかいうとこ」
「氏? ……聞かない姓だなァ。公家?」
「いや、大名らしい。」
「…ははーん。さてはその顔は破談にするつもりかァ」
「当たり前。嫁いだところで私にも伊達家にも得なんてないわ。どうせ行くならもっと力のある大名のところが良い」
「へー。でもそれだと側室っていう恐れもあるけど」
「正直その辺はどうでも良いの。伊達家の姫を側室にするならすれば良い。正室よりも夫と顔を会わせる機会が少なくなって得だと思わない?」
が思うには、自分の夫となる男がうつけや貧相な顔立ちだった場合が多いと聞くので、そちらの方が良いというつもりなのだ。
しかしそれは時宗丸にとっては意味が解らない答えだったらしい。
「俺、の思考回路がいまいち良く解んない」
「やめてよ。アンタなんかに知られてたら私の思考なんて猿以下じゃない」
「何だよそれ!? 俺そこまでひどくねェし!!」
「煩い!」
「……はいはい」
このような時、常に先に一線を引くのが時宗丸の方なので、は多少なりとも自分の方が劣っているというような劣等感を感じていた。それが無償に悔しいと。
「そう言えば、その事梵達には言ったの?」
「あ、言ってない。それじゃ時宗丸、また今度ね!!」
「うーん、またねー」
正直には遠い地には嫁いで欲しくないというのが、時宗丸の本音だったが、立場を考えてもそれは言ってはいけない事のような感じがしてしまった。普段あんなに友人のように会話しているにも関わらず、ここで何故か自制心というものが働いてしまったような気さえしたのだ。
「……ま、大丈夫でしょ」
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「小十郎さーん、梵てーん!!」
二人は一瞬ドキリとしつつもすぐにの方を向いた。
「姉上!」
「様。今日もお元気ですね」
「はい。あのですね、今日縁談が来たんですよ!」
「ほぉ! して、どこの大名から?」
梵天丸は少しだけ表情を曇らせる。
はその様子を見て少し笑み、ポンポン、と軽く梵天丸の頭を撫ぜた。
「氏。小十郎さん、ご存知?」
「氏? ……はて、覚えがございませんな」
「でしょう?」
は同意を求めるように尋ねた後、
「でも、どうせ破談にして差し上げるのですけれど」
と笑顔で言い切った。
二人が苦笑を溢している事に対しても、はまた笑っていた。
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「父上、先の件、やはりお断り申し上げたいのですが…」
「あぁ、やはりか」
「……やはり?」
は思わず伏せていた顔を上げた。
「俺もな、は断るだろうと踏んでおった」
「…父上にはお見通しのようで」
口元を覆いながらはクスクスと笑った。最近笑ってばかりだ、と自分でも思う。
「さて、」
親と当人の口約束だけで婚姻は成立したが、それでも自分にきちんと申し立てをしてくれる事には喜んだ。父上はお優しい、と。
そのお陰で今こうやって断る事が出来たのだから。
「また別の縁談があるのだが」
「え!?」
「ん? やはり嫌か?」
「え、いえ、あの…!(やけに多いな…!) ど、どこの…?」
の言葉を聞いて少しだけ輝宗は表情を曇らせたが、すぐにまた人当たりの良さそうな顔になった。
「何、心配するな。真田氏だ」
「真田…。あ、上田の」
「いや、そちらは長男だ。弟の、甲斐の武田氏の部下の方だ。顔見知りではなかったか?」
「………あぁ、弁丸殿でございますか!」
「今は元服したらしく、弁丸ではなく幸村になったらしい」
輝宗はの表情が綻んだのを見て、少しだけ微笑んだ。
「どうする? この縁談も断るか」
「嫁きます。」
先程とは打って変わった返事に、逆に輝宗の方が呆けてしまった。
我に返り、本当に良いのかと何度も訊いたが、答えは何も変わりはしなかった。
何故かこの時はふと、こうした方が弟の為にも良いと思ったのだ。何の根拠もなかった。だが、そう思えて仕方がなく。
外の月が、どこか笑っているような気がした。
事件はこれからしばらく後、起きる事となる―――。
あとがき
思いの外長くなりました…! 大して中身が詰まってるワケでもないけれど。
やけにお父さん出張ってますね。梵天ひと言しか喋ってねェェエエ!!!!!orz
時宗丸が出張る。どうしてメインじゃない人ばかり出張るんだろう。不思議(致命的だよ)。
今更になって姫に幸村の事なんて呼ばせよう、と迷い始めました。勝手に「幸村様」にしちゃったけど、今思うとBASARAじゃ濃姫もまつもそーいう風に呼んでませんもんね…! 市は呼んでるけど。
……源ニ郎様、が良いのかな…?
事件はあれですよ、3話目のやつ。畠山拉致事件は終わった後、みたいな…。時間的に無茶がありますね…!!!orz 梵天の元服とか色々あってその後なのにさ。
良いさ、BASARA自体キャラの生まれてる年とかバラバラだし!(だからって)
2008.03.26
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