Dear my crescent moon




襖を開けると、ひんやりとした外気が頬を撫でるようにしての前を横切る。
その空気の冷たさに一瞬躊躇の色を覗かせたが、は思い切って外に出た。

真っ青な月の光がの肌を冷たく刺す。

光の加減でそう見えるだけなのかも知れないが、見た事もないような色の月はどこか気味が悪く、は空を見ないようにして広い積翠寺城の庭園を駆け抜けた。
だが見える景色は然程変わりもせず、まるで狐に化かされているような気分にさえ陥る。

自分の足音が大きく夜のしじまに響き、その足音が宵闇へと吸い込まれていく。

ふと考え直すと、自分は一体今何の為にこのような行動を起こしているのかが解らなくなった。

「……何…私、何を…」

無意識的な行動だった。
自問自答しても答えは与えられず、ただその場に棒立ちする。

嫌な予感がした―――。
きっとそれが自分の中では最も相応しい答え。
しかし、それは予感でしかなくて、確実性を求められるとどうにもならない事など本人も解っていた。
虫の知らせというような、そんな不確かなものでしかない。でも先程まで無意識の内にそれに従っていたのだ。

そして、何かを思い出したように月を見た。
辺りには雲もたちこめているというのに、その月だけは妖しげな光を放ちながら一際強く自己主張をしている。周りの暗雲は発せられる光に照らされどこかいつもとは違う不気味さを漂わせている。

は咄嗟に身体を護るように腕を掻き抱いた。
恐いと、そう感じた。
周りの暗雲よりも、あの見事なまでの月に。
どこか懐かしいような気さえするのに、自分の中の大部分が月を拒絶し、畏怖の対象として見ている。

(……っ、ゆ、幸村様…!)

安心感を与えてくれる人の名を思い出す。それだけでもこの恐怖が少し薄れるような気がしたが、結局は無駄だった。

この月は
まるで「彼」のようではないか。
自分を裏切った「彼」のよう。

(恐い、恐いよ…!)

心の中でどうかあの人が起きていて欲しいと願う。
誰かに会わなければ、誰かの顔を見なければ。
知らず知らずの内に畏怖の感情は膨れ上がり、焦りばかりを生み出す。
月に背を向け、は必死で元来た道を走り出した。

心のどこかで、月を見ながら「明日の天候は雨で雷が鳴る」と予測している自分がいた。
忍のように天候が読めるわけでもない。なのにここまで正確に。
こんな事、初めてなのだ。
天候の読み方などを誰かに教わった憶えなどない。

ただ、妖艶に光り続けるその弦月を見ていると、その天候だけしか浮かばなくなったのだ。
そんな自分にもまた恐怖を憶える。

姫?」

はビクリと肩を震わせた。
今の声はどこから聞こえたものだったか。
辺りを見回したいが、そうする事により背後の月がまた視界に入ってしまいそうで、恐くて出来なかった。

姫ー? あの、大丈夫?」
「……佐助、さん?」
「やだなー、さん付けなんて。他人行儀みたいで」

次の瞬間にはの目の前に佐助がいた。
反応の薄いを心配しているのか、顔の前で掌をヒラヒラと振っている。

「大丈夫ー?」 「……え、あぁ、大丈夫、です…。すいません、ちょっとぼぅっとしてしまって…」 「頭痛とかする? 辛いんなら部屋まで運ぶよ」 「あっ、ありがとうございます、大丈夫です。あ、あの…幸村様はまだ御就寝なさってはいないでしょうか…」
「え、真田の旦那? うーん…まだ起きてると思うけど。」
「…お部屋にお伺いしても大丈夫でしょうか?」
「………まさか姫、夜這「違います!」
「…だよねェ」

佐助はどこか安心したようにあからさまにホッと胸を撫で下ろし、と共に同じ方向に歩き出した。

「あ、佐助さん」
「またさん付け……」
「小さい頃から年上にはさん付けしちゃうんですよ、つい、クセで。」
「あんまし姫様らしく育ってないんだねェ」
「……まァ、そうですね」
「えっ、あ、気にしてた!? ごめん!!」
「い、良いです、本当ですから…!」

確かに本人、自分が姫らしく育ったとは思えなかった。
小さい頃はまだ反骨精神だってそんなに強くもなく、周りの言う通りお手玉とか他にも女の子らしい遊びをしていたが、弟が右目を失った頃からだろうか、こんなにも自分が変わったのは。
思えばそれから過剰に弟を気にするようになり、そして同時に母にも敏感に反発を憶えていった。
きっと弟が可哀相だとか、そのような思いではなく、最初はきっと、母から蔑むような目で見られるのがいつ自分になるのか解らないという不安から来たものだったとは考えている。自分で思うのもなんだが、なんと浅はかな幼少時代を過ごした事やら。

「…あの、佐助さん」

はふと思いついたように呼びかけた。

「はい?」
「…明日の天候とかって、解ります?」
「え、まァ、解らなくもない…けど」
「あのっ、明日私は雨が降って雷も鳴ると思うんですけど……違いますよね?」
「俺様雷は良く解らないけど…雨は降ると思うよ。姫、雲量とかで明日の天候読めるの?」
「いっ、いいえ! ただ、その…何となく、でして…」
「……へェ…。でも確かに雨は降るっぽいし…。」

はその言葉にギュッと手を握りながら、明日は何も起こらなければ良いと、そう思った。

















また無意識に、幸村の部屋へ向かう足が速くなった。






あとがき
やけに説明的な文が多い…。ちょっとだけ書き方変えました。あんまし…変化ないかなァ…orz
シリアスだなって感じですね! 取り敢えず佐助に「様」付けて誰かを呼ばせる事に違和感を憶えまして…。だって主君には「旦那」だし、その総大将(?)的な人には「大将」だし。
本当は「海津城」にするか迷ったんですけどね…(またかよ)。前の方で「積翠寺城」と書いちゃってるのでまァ良いかな、と。そこまで城は重視してないし(その割にはこの話ばっかり)。
勢いだけで書き上げられた作品です…orz
どうやらまだ上田には行かないらしい←
上田まで2人をやったら政宗達大変かな、みたいな…!(要らない良心) 以前も言ってましたが、これ政宗の出番が少なすぎる気がするよ…。こ、これからこれから…!!!
2008.03.23


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